Buenos Aires SOS

A．中島敦は『山月記』のほかに『文字禍』という作品も書いています。 『文字禍』の主人公は文字を研究する博士です。最期は文字が記された石版におしつぶされて死んでしまいます。 『山月記』の主人公は文字を使って詩を作っていました。 もっと言えば「尊大な羞恥心」によってプライドが傷ついて恥ずかしい思いをしたくないので大きな態度をとって相手と距離を置くことだとも言えます。, 他人と比べられてプライドが傷つくのを恐れる、というのが「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」の心理です。「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」の指す行動とは、このプライドを守るための防衛行動のことを指します。 この「李徴が虎になった理由」には様々な考察があります。李徴自身が言っていた「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」が理由だという説の他、「理由は特に無く、虎になったという理不尽を受け入れることがさだめ」という説もあります。, 「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」及び山月記が教えてくれる教訓は、対人関係においてプライドは付き物だけれどそれに振り回されてはいけない、ということです。 「山月記」において、李徴は虎になった理由を三つあげているが、それが「人虎伝」ではどのように記されているかをみてみたい。 「山月記」では、虎になった理由として、第一に、「全くどんな事でも起こり得るのだと思うて、深くおそれた。 作中の表現では「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」の具体的な内容を理解するのは難しいですが、現代の出来事に置き換えるととても理解しやすくなります。「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」は現代人の心を現した言葉でもあります。, 「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」は、自尊心が強いがためにその自尊心が傷つけられるのを恐れる心理と、羞恥心にとらわれる機会を持たないように他人を避ける心理が合わさったフレーズです。 誰にでも大なり小なりプライドがあります。プライドがあることは悪いことではないけれどそれに振り回されてはいけない、ということを山月記では教えてくれます。, 会社員兼個人投資家の27歳。趣味は中国の地方料理やシンガポールなどのマニアックな料理の研究、映画鑑賞。 『山月記』では繰り返し 〈月〉 が出現しているのに対し、『人虎伝』では〈月〉という単語さえも使われていません。 （『人虎伝』については『山月記』 2 ～典拠 『人虎伝』との比較～を参照のこと。 ）この違いに着目して『山月記』における〈月の役割〉を見ていきたいです。 学校や仕事で例えるなら、自分には周りに負けない得意分野があるが、その一方で自分の身近にもっと仕事の出来る人がいるかもしれない、もしいるとしてもそれを目の当たりにしたくないと思っている心理のことを指します。 中島敦「山月記」─作家の死─尾坂淳一一、名声「山月記」は、高い学力を誇る李徴が「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」という二律背反な感情を肥大させた為虎へと変身してしまい、もはや人間とは認められなくなってしまった悲劇として読まれているが、最も妥当な読みであると思われる。しかし、人間としての自我が幾らか残された変身には、人間としての能力の剥奪の他にも意味が見出せまいか。ここでは、「作家」李徴という視点から、テクストを再考する。先ずテクストを読み返すにあたり、便宜上構成を五つに分割する。1 第一段落「龍西の李徴は博学才頴」から第一段落「その後李徴がどうなったかを知る者は、誰もなかった。」までを「序章」2 第二段落「翌年、」から第五段落「草中の声は次のように語った。」までを「遭遇」3 第六段落「今から一年程前、」から第七段落「死んでも死にきれないのだ。」までを「変身」4 第八段落「袁参は部下に命じ、」から第十四段落「暁角が哀しげに響き始めた。」までを「自白」5 第十五段落「最早、別れを告げねばならぬ。」から第二十段落「再びその姿を見なかった。」までを「結章」以上の五構成を、それぞれ読み解きながら、このテクストにどのような新しさがあるか述べていく。構成一から五、つまり変身前変身後に関わらず李徴に一貫した志は、　　下吏となって長く膝を大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである。構成一　　他でもない。自分は元来詩人として名を成すつもりでいた。構成三　　羞しいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、己は、己の詩集が長安風流人士の机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのだ。構成四というように、創作によって自己の存在を示そうというものである。この姿勢は、作者中島にもあった。　　僕の小学生の時に、悪い教師があってね、まあ悪いかどうかは分からないが、とにかく僕は憎むべき男だと思っているんだがと突然何の関係もなく傳吉が言出した。そいつが、そう三年の時だったかな。地球の運命ってものについて話したことがあったんだ。しかも何時間も何時間もね。如何にして地球が冷却し人類が絶滅するか、をその男は─実際憎むべき悪漢だよ─自ら恐怖の表情を以て話すんだ。僕はこわかったね。恐らく蒼くなってきいていたことだと思う。がまだ、それは、人類がなくなるのや地球がひえるのは、我慢が出来たんだ。所が、何と、そのあとでは太陽さえ消えて了うというじゃないか。太陽も消えてしまって、真黒な空間をただぐるぐると誰にも見られずに黒いつめたい星共がまわっているだけになって了う。僕は堪らなかったね。それじゃ自分達は何のために生きているんだ。自分は死んでも地球も宇宙もこのままに続くものとしてこそ、安心して種族の一人として生き、死んでいける。それがそんなでは、自分たちの生きていることも人間というのも、宇宙ってのも何の意味もないじゃないか。何のために自分は生まれて来たんだ。（清水雅洋「中島敦論」文芸社引用より引用）この不安に、パスカルの問い、どこから来てどこへ行くのか、なぜここにいてあすこにいないのか、という哲学的問題にまで昇華する必要はないが、「作家」たる中島や李徴にとっての自我確立は、作品が読者に認められる事が前提となる。市井の人々は、いかにして生きるかが命題であるが、作家とは、李徴のように「名を死後百年に遺」す事に思慮が届き、中島にとってみれば「真黒な空間をただぐるぐると誰にも見られずに」すまされる事は堪えられない事である。作家の究極の目的は、自己の示す作品から読者がビジョンを獲得し、作品が「古典」として読み継がれていくことである。‐‐‐‐, 中島敦「山月記」─作家の死─尾坂淳一二、作家のプライド作家にとって、自己の作品がより多くの読者に認められる事が、プライドを支える事となる。文学には「真のプライド」ということばがある。‐‐重大な問題は彼（注紀貫之）の歌が鬼神や武士や恋人たちを動かすことであって、それが彼の表現の成功を占う唯一の物差しでもあった。表現者と鑑賞者の「自・他」関係が何よりも先にあって、その間の理解と伝達が重大な関心事となる。西洋の美学にとっては本質的でない表現の「成功」ということが、その結果、日本の芸術家にとってはほとんど神秘的な恐怖を秘めたなぞであった。人生はそれ自体一つの表現であり、我々は刻々に自己を外に向かって表現しながら生きているからである。その場合、我々の人生が一つの普遍的なイデアの顕現であるか、あるいは、他人の理解を唯一の物差しとする孤独な表現であるかということは、決定的な違いであろう。もちろん前者の信念も人間に苦しい努力を要求するが、それは同時に、世界の構造と自分が自分であることについて確固たる安心を与えてくれる。彼の努力は専ら傲然たる意志を維持していく努力であり、それが崩壊するときは、彼にとっていわば世界の終末が来るときである。これに対して後者の立場は最初から徹底的に不安であって、彼の人生が表現として成立するのはあたかも偶然的な「成功」にすぎない。他人の理解の目に映った映像がそのまま彼の実像なのであって、彼が彼であることの保証は完全に彼を眺める他人の手の中に握られている。そして彼にとって世界とは、そのような偶然的な理解と誤解の集積にほかならず、最初から構造と見通しを欠いた底知れぬ空間にすぎない。（山崎正和「劇的なる日本人」）ここに論じられているのは、日本人の芸術観全般についてであるが、作家とは個性を表現する事によって読者を獲得していくものである以上、上記はそのまま適用できる。文学とは単に感動する情報等ではなく、飛躍を感じる為の媒体である。その為には、表現のひとりよがりや卑小さは伝達を困難にする為避けられなければならず、正しく読まれ、正統に批評され、ビジョンを与え続ける事が、作者の真のプライドを支える事となる。「名を死後百年に遺」す為に、読み継がれていく伝達の成功こそがプライドを支えるのであり、苦労して書けば優れた作品ができるわけでは決してない。それを李徴は自白する。‐‐己の珠に非ざることを懼れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。構成四李徴は「若くして名を虎旁に連ね」る程の秀才であり、決して凡人ではない。しかし、相互理解によってはじめて成立する真のプライドを、卑小な自尊心によって失敗を恐れた為についに「成功」に至らず、変身前には一句さえ残すことが不可能になってしまっている。野望によってプライドを理解できない表現者は、虎になる事を甘受するしかない。‐‐今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、己はどうして以前、人間だったのかと考えていた。構成三‐‐何故こんな運命になったか判らぬと、先刻は言ったが、しかし、考えように依れば、思い当たることが全然ないでもない。構成四‐‐‐‐, 中島敦「山月記」─作家の死─尾坂淳一三、「誰にも分からない」表現者と享受者との伝達の成功こそが、作品を散逸させずに読み継がれていく事となり、文学者の真のプライドを支えるという事をみてきた。作者中島はその事を理解しているように思われる。しかし、変身後の李徴は果たして本当に理解できているのであろうか。本文中には以下のように繰り返される文章がある。Ａ　その後李徴がどうなったかを知る者は、誰もなかった。構成一Ｂ　ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思っているだろう！己が人間だった記憶のなくなることを。この気持ちは誰にも分からない。誰にも分からない。構成三Ｃ　しかし、獣どもは己の声を聞いて、ただ、懼れ、ひれ伏すばかり。山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮っているとしか考えない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持ちを分ってくれる者はない。構成四この部分を、原典「人虎伝」と比較する。Ａ　何くも無くして夜狂走し其の適るを知る莫し。Ｂ　我は今形は変ずれども心は甚だ悟む。故に？有りしは以て悚み以て恨み尽くは道難きのみ。幸くは故人我を想い我が無状の咎を深怒せられんことを。亦其の願いなり。Ｃ　今日天憲を執り親友に輝かす。而るに我は身を林藪に匿し永く人寰を謝る。躍りて天に吁き俛して地に泣くも身は毀れて用いられず。是れ果たして命なるかと。（「新書漢文体系１０唐代伝奇」明治書院）対比できる該当部分を抜き出したが、Ａは「山月記」「人虎伝」それぞれに同様の文章がある。しかし、ＢとＣとについては「人虎伝」に「山月記」にあるような文章、Ｂこの気持ちは誰にも分からない。誰にも分からない。Ｃ誰一人己の気持ちを分かってくれる者はない。は存在せず、作者の創作である事が指摘できる。二度も同じ表現を用い、且つＢにおいては反復させ、意図的に強調している部分である。「誰にも分からない」とは他者に対する非能動的な不満であり、「ディスコミュニケイション」もしくは「自閉」(田中実)を示している。これは、伝達が成功を左右する表現者にとって失敗といえ、ひいては作品の死を意味する。それは、‐‐しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、何処か（非常に微妙な点において）欠ける所があるのではないか、構成四という有名な創作部分につながる。読者袁参がかすかに感じた作品の卑小さというかたちによって、伝達の失敗を示し、作者としては李徴を批判したという事となる。李徴は変身後も真のプライドを理解し切れてはおらず、自我確立に失敗し続けているといえる。「誰一人分かってくれる者はない」変身後の虎の苦悩というのは、‐‐ちょうど、人間だった頃、己の傷つきやすい内心を誰も理解してくれなかったように。と回想される変身前の李徴から、成長はみられないのである。‐‐‐‐, 中島敦「山月記」─作家の死─尾坂淳一四、「李徴の声」作者中島の、李徴に対する批判は「声」に係る修飾語（詞）にも現れている。(構成一)該当無し(構成二)人間の声であぶないところだったしのび泣きかと思われる微かな声低い声が答えた。李徴の声が答えて言う。見えざる声と対談した。草中の声は次のように語った。(構成三)叢中の声の語る不思議に聞入っていた。(構成四)叢中の声に随って書きとらせた。李徴の声は叢の中から朗々と響いた。旧詩を吐き終った李徴の声李徴の声は再び続ける。獣どもは己の声を聞いて、(構成五)李徴の声が言った。叢中から慟哭の声が聞えた。李徴の声はしかし悲泣の声が洩れた。構成一から三、加えて構成五を総括しても「李徴の声」は三例である。対比して、自白の章構成四には同数の三例がある。分量でみても、構成一、二、三、五を２とすると、構成五は１である。すなはち、構成四では変身前の李徴である事に再三注意を促しているのである。「李徴の声」とは、「突然調子を変え、自らを嘲る」「しかし忽ち又先刻の自嘲的な調子に戻」るという卑小な姿勢としてのアイデンティティを指し、同時に構成一、二、三、五において敢えて「草中の声」等としている点には、そこにいる虎が同情すべき「慟哭の声」「悲泣の声」の持ち主であるからであり、李徴というアイデンティティを一端無視しているといえる。作者は、今そこにいる虎、不思議を語り、妻子を思いやる人格に同情し、真のプライドを理解せず、「誰にも分からない」と非能動的姿勢を崩さない李徴の人格を批判している。‐‐‐‐, 中島敦「山月記」─作家の死─尾坂淳一五、作家の死伝達の成功によるプライドの成立を理解できていない李徴は、「記誦せるものが数十ある。」とし、書き取らせる。それは、‐‐長短凡そ三十編、格調高雅、意趣卓越、一読して作者の非凡を思わせるものばかりであったという。ところが、「山月記」の読者には一句さえ伝わらない。テクストに存在し、読者が読む事が可能なのは「偶マ狂疾ニ因テ」という虎の一句である。ここで、李徴はついに読者を一人も獲得できていない事が分かる。これは、表現者李徴の死であり、李徴という作家としての人格は完全に死んだのである。李徴の句は袁参一行に知られるのみで、現在は散逸している。読者は「人虎伝」「山月記」をもってしても李徴の句をうかがう事はできない。すなはち、詩人李徴は「汝水のほとり」で死んだのである。「人虎伝」においては、袁参は李徴の息子に父の所在を伝えた。しかし、「山月記」ではその部分はカットされている。ここからも、いかに作者中島が李徴の死を肯定しているかが知られる。李徴自身は、‐‐まだ、會ての李徴が生きているしるしに。とは言うが、変身前の李徴が残した作品はもはやなく、読まれるのは虎に変身後の句ばかりである。ところで、「名人伝」も同様に、有名無実な者の話である。紀昌は飛衛に習ったまでは確かに弓の名人であった。しかし、甘蝿師のもとで「妙技」を習得してきた紀昌は、もはや弓さえ分からぬ「木偶」になっていた。ついに終生弓を手にする事無く死んでいく。ところが、人々は彼を名人として尊敬した。「一道の殺気」に射られたという盗賊まで出てくる始末に、紀昌は見事「噂」だけで弓を射るという「不射之射」を達成したのである。作者はこれに一言加える。その後当分の間、邯鄲の都では、画家は絵筆を隠し、楽人は瑟の絃を断ち、工匠は規矩を手にするのを恥じたということである。何の創作もしないという事は、そのまま「作家の死」を意味する。愚かにも紀昌の弓術を噂だけで判断した人々は、表現する事を放棄してしまった。「不射之射」は弓術ではない。人々の思い込みに過ぎず、書き続ける事を生命とする作家にはあってはならない事である。作者中島の、書く事に対するプライドは、‐‐書きたい、書きたい、俺の頭の中のものをみんな吐き出してしまいたい。参考書も何も持たずに旅に出て、筆一本だけで書いてしまいたい　（清水雅洋「中島敦論」文芸社引用より引用）といいながら死んでいった点からも、いかに書き続ける事が中島を支えていたかが知られ、同時に李徴や邯鄲の人々に対する強い批判ともなっている。名声にのみ左右された李徴や紀昌とは、対照的な人生である。作家とは、書く事にこだわり続け、作品が読者に認められる事によってはじめて真のプライドが成立する。ビジョンを認められた作品は、読み継がれて「古典」として作家を不動の位置に据えるであろう。一度や二度の名声でプライドは成立しない。飽くまで書き続ける事によって作者を作家たらんとするのである。ひとりよがりで卑小な作品は、読者にビジョンを与える事はできず、やがて散逸する。同時に作家は忘却される。‐‐たとえ、今、己が頭の中で、どんな優れた詩を作ったにしたところで、どういう手段で発表できよう。構成四とは、単に虎の詩は人間界に伝えることができない、という比喩だけではない。‐‐己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。構成四という人間李徴であっても、伝達不可能性に変わりは無い。表現者李徴がひとりよがりである限り、虎となっても同じ事なのである。すなわち、李徴の変身はディスコミュニケーションの隠喩である。‐‐そういう時、己は、向うの山の頂の巌に上り、空谷に向って吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。己は昨夕も、彼処で月に向って咆えた。誰かにこの苦しみが分かってもらえないかと。しかし、獣どもは己の声を聞いて、ただ、懼れ、ひれ伏すばかり。山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮っているとしか考えない。構成四このディスコミュニケイションは、虎のそれであり、読者を獲得できない李徴のそれでもある。変身は、発表できなくなったというだけではなく、ディスコミュニケイションの隠喩である。それは、「己を損い、妻子を苦しめ、友人を傷つけ」(構成四)る事となろう。変身した事によって、李徴は（プライドを理解したとはいえないが）自己の卑小さに気付き始める。‐‐袁参が嶺南からの帰途には決してこの途を通らないで欲しい、その時には自分が酔っていて故人を認めずに襲いかかるかも知れないから。構成五そして、振り返って自己の姿を一瞥して欲しいと願う。李徴はここで、はじめて自分が袁参や妻子を傷付けてきた事を自覚し、再び傷付ける事を恐れる。この配慮が追及され続ける限り、李徴は表現者として成功するであろう。姿を見せ、恥を曝した点には、積極的能動的な姿勢がみられ、卑小さからの克服の兆しが読まれる。しかし、他者を顧みない一義的で卑小な自我確立を狙った李徴は救済されない。‐‐虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、また、元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった。構成五という姿は、‐‐その後李徴がどうなったかを知る者は、誰もなかった。構成一という姿と同様である。以上、作者中島は李徴に同情しているわけではなく、冷静に批判している点と、作者自身書き続ける事にこだわっている点とを確認してきたが、それを考えると、中島敦とは怖い作家である。作家の社会的成功や名声にはとらわれず、作品の如何によってのみ作家を認める、というのであるから。引用は全て「山月記・李陵」岩波文庫による清水雅洋氏にはネットを通じて多くの示唆を頂いた。この場にて御礼申し上げます。‐‐‐‐.

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